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宇都宮地方裁判所大田原支部 昭和51年(モ)15号 決定 1976年4月30日

申請人 株式会社帆引パイプ商店

右代表者代表取締役 帆引稔雄

右代理人弁護士 永尾広久

杉井厳一

被申請人 志村英子

主文

申請人の仮登記仮処分申請を却下する。

理由

一  本件申請の趣旨は「被申請人所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)に対し別紙登記事項目録記載の仮登記仮処分を命ずる」というものであり、その理由の要旨は次のとおりである。

(一)  申請人は、昭和五〇年九月五日岩間敏男との間において商取引基本契約を締結し、同時に右契約に基づく金銭消費貸借取引、手形債権及び小切手債権の担保のため、同人所有の本件土地につき極度額金二五〇万円とする根抵当権の設定を受け、これに基づき、本件土地につき宇都宮地方法務局黒磯出張所昭和五〇年九月八日受付第一〇〇〇八号によりその旨の根抵当権設定登記を得た。

(二)  ところが、その後右登記は、同庁昭和五〇年九月一一日受付第一〇一三二号一番根抵当権抹消登記(登記原因は同月一〇日解除)により抹消されてしまった。

(三)  しかしながら、右根抵当権設定契約が解除されたことはなく、また申請人が右根抵当権設定登記の抹消登記手続をなしたことはない。右抹消登記は、前記岩間が申請人に無断で申請人名義の抹消登記申請書を偽造しこれに基づいて登記申請手続をなしたことによるものである。

(四)  そこで、申請人は右根抵当権設定登記の回復登記手続請求訴訟を提起すべく準備中であるが、右土地はその後第三者に譲渡され、その後もさらに転売ないし抵当権設定がなされるおそれがある。しかしながらかくては申請人が本案訴訟に勝訴してもその目的を達することができないので、右根抵当権設定登記の回復登記の仮登記仮処分命令を求める。

二  そこで、右申請について判断する。

一般に、登記原因の無効(取消による遡及的無効を含む。)を原因とする抹消登記又は回復登記について仮登記が許されるか否かについては、(イ)無効を善意の第三者に対抗することができない場合には仮登記をなすことによりその後に右無効な登記の上に権利関係を築いた第三者に対し無効原因につき悪意を推定させることができ、(ロ)取消による遡及的無効の場合には抹消登記又は回復登記がなければ取消後に右無効な登記の上に権利関係を築いた第三者に対抗することができないから抹消登記又は回復登記の本登記の順位を保全する必要がある、として、これらの場合においてはこのような仮登記が許容されている。

しかしながら、登記原因の無効をすべての第三者に主張することができる場合においては、実体上の権利者は右無効な登記につき予め抹消登記又は回復登記をなさなくとも、右無効な登記を信頼してその上に権利関係を築いた者に対し、自己の権利を主張することができるのであるから、仮登記をなして右抹消登記又は回復登記の本登記の順位を保全する必要はなく、したがってこのような場合においてはかかる仮登記は許されないものと解せられる。

これを本件についてみると、申請人の主張するところによれば、申請人の岩間敏男に対する根抵当権が解除により消滅したことはなく、また申請人が右根抵当権設定登記を抹消するにつき同人に承諾を与えたこともないのに、右岩間が偽造文書により右根抵当権設定登記の抹消登記手続をなしたため、右登記は抹消された、というのである。

してみると、右抹消登記原因の無効は絶対的なものであり、申請人は右抹消登記を信頼して権利関係を築いたすべての第三者に対し右抹消登記の無効原因を主張することができるのであるから、申請人には、予め本件一番根抵当権抹消登記の回復登記の仮登記をなして本登記の順位を保全しておく必要はなく、したがってかかる仮登記は許されないものというほかはない。

よって、本件仮登記仮処分申請は理由がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 山口忍)

<以下省略>

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